津田クリニックの「アクネパーソナルケア」を受けた患者様のお母様の手記
津田クリニックとの出会い
2004年 10代の頃から悩まされていた娘のニキビが酷くなり、市内の皮膚科を何軒も受診し治療を続けていたのですが、辛い治療にもかかわらず治る兆しがみえるどころか治療そのものに対しての痛みや不安を募らせていました。そんな時、娘が攝子先生の著書を読み「佐賀まで先生の診察を受けに行ってみたい」と言うのです。
「宮崎から佐賀?!」・・・距離や時間、そして当然交通費(当時は勿論高速代が高かったし)が頭を過りましたが「思いたったら即行動!」が信条の私達親子は、その8月のとある早朝、日の出とともに佐賀に向けて車を走らせました。
行動とは裏腹に車中の娘は不安を胸一杯に抱え暗い気持ちで車窓を眺めていました。攝子先生の診察室に入ってから一時間、カウンセリングや治療を終えて出てきた娘の目は涙で溢れていました。不安になりそっと尋ねてみると、攝子先生とのカウンセリングでホッとして、そして嬉しくて泣いていた様です。帰りの車中では明るくおしゃべりしながら、この先希望を持って家族で治療に通うことに決めました。
2008年2月「津田クリニック」で院長先生、攝子先生、私達親子とで改めてカウンセリングをしました。今できているニキビに対して継続的に行う投薬治療、そして娘が一番悩んでいる深いニキビ跡に対する今後の治療方法を本人の希望を聞きながら、院長先生が「可能性と限界ライン」を解りやすく正直に話して下さいました。
ここ数年女性誌等の紙面で急速に認知度を高めてきた「美容クリニック」や「美容皮膚科」ですが雑誌を見て興味をもつ事と実際にクリニックに足を運ぶ事との間には、まだまだ温度差を感じていました。攝子先生を数年前から存じ上げている私達親子でさえ「ケミカルピーリング」や「レーザー治療」という言葉は、外国のお金持ちや芸能人たちの為のモノ・・・と。
患者やその家族にとってその温度差を埋めるものは、ドクターとの信頼関係なのだなぁと、院長先生、攝子先生とお話ししてみてつくづく感じました。
患者の悩みや家族の不安を真剣に聞き、ひとつひとつ丁寧に説明して下さる真摯な姿勢にとても安心させられました。
一年半程前からは、以前から炎症性の敏感肌と日焼けやストレスによる肌荒れに悩んでいた40代半ばの私の妹も一緒に治療に通う様になりました。以前何度か都内のクリニックでピーリングやレーザー治療の経験のある妹は、最初のカウンセリングと院長先生の施術を終えて車に乗り込むと、開口一番「院長先生の手は”GOD HAND”だよ」と興奮ぎみに話し始めました。
その日の肌の状態を目と指先で診断しながらのピーリングや丁寧で満足度の高いレーザー治療「施術のbefore、afterをこんなにキチンとチェックして下さる先生は初めて」と感激しておりました。娘の方もその都度、院長先生と施術中に話した内容や、どんな肌状態の日に会っても明るく励まして下さる攝子先生の話しを楽しそうにしてくれます。佐賀から宮崎へ帰る車中はニキビや肌荒れに悩む患者二人を乗せているとは思えない程、会話が弾んでいるのは一目瞭然です。
宮崎―佐賀間は、片道だけでも走行距離300km、時間は休憩を入れて4時間、往復で丸一日を費やす治療の為のドライヴを少しでも楽しもうと美味しいランチの店を探して寄り道したり、娘の治療時間を利用して主人と二人で立ち寄り湯に入ったり、先生方やスタッフの皆さんに教えて頂いたお店で美味しい夕食を頂き一泊して翌日は観光しながら帰ったり・・・。
治療の為のドライヴがいつの間にか治療を兼ねてのロングドライヴにかわっていました。ニキビに悩む学生だった娘も今ではもう社会人、決して多いとはいえないお給料をやり繰りして治療費を捻出している様子を見て私達夫婦も出来る範囲でサポートしていきたいと思っております。院長先生、攝子先生、それからいつも色々と気を配って下さるクリニックスタッフの皆様、これからも二人三脚で・・・いえいえ私たち家族も含め七人八脚くらいで(笑)サポートよろしくお願いいたします。
(宮崎在住 50代女性)






